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- オリンピアンインタビュー
- 第33回 小平奈緒さん
ピクンと体が動いた。間髪入れずにダッシュ。テレビの前でもまんじりともせず凝視。百メートル10秒26で通過。こちらも息を注ぐ。速い。安定したコーナーワーク。力強く脚を左右に蹴り出しさらに加速する。そして最後の直線、大きく両手を振って長いストライド、トップスピードでゴール。テレビでは36秒95(正式タイム36秒94)、オリンピックレコード。掲示板のタイムを見て、ガッツポーズ。結城コーチと片手のハイタッチ。オリンピック三連覇を狙う
2010年バンクーバーオリンピックのパシュートで銀メダルを取ってからの四年間、23歳から27歳のその間は競技人生のピークだろうと自分自身信じていましたので、身体を改造したり、トレーニングもガンガンやって、自分なりに努力を重ねました。練習が好きだということもあり、ガムシャラにやったと言うべきでしょう。こうしたら自分はこうなれると信じてやっているので、意義を見出せれば、いかにハードな練習でも何か楽しくなるんです。
結果、自分自身の成長もあったのですが、それ以上に世界の進化が凄まじくて、2014年のソチオリンピックでは惨敗に終わりました。結城先生と最善だと思ってやった練習が急激な成長に繋がらなかったのです。男子並みのトレーニングをやってきたと思ったソチで、500mが5位。全力を出し切ってもメダルに届かなかったという現実を知れたことだけでもよかったと言わねばなりません。後悔のない屈辱でした。
自分に責任を持って生活することが自信に繋がる
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父親があまりスケートのことを知らない人でしたから、子供の頃から私と同じ目線で、どうしたら速く滑れるかを一緒に考えてくれて、速い選手を見てどう思うか、次の練習で何を意識してやるか、お互いよく話をしていました。そのせいでしょう。目的を持ってことに臨むということを大事にしてきました。もちろんその目的がマチガイの時もありました(笑)。でもやってみないとわからないんです。やったからわかるんです。トライアンドエラーは今でもあります(笑)。
オランダでのトレーニングを決めたのはソチオリンピックの少し前だったのですが、競技人生も後半にさしかかる27歳という年齢で、世界のスケートの本質を見てきたいと思ったのです。何かがあると思って行ったオランダでしたが、自分が求めていた中距離(1000、1500m)に関するヒントは掴めず、成績もその二年間全く伴わなくて、むしろ500mに特化するような結果になってしまいました。ただ帰国後、結城先生と遠征を振り返る中で気づいたことはたくさんありました。例えば、オランダ人と同じことをやっていてもオランダ人には勝てないということ。背の高いオランダ人がそれをメリットにして極めようとしていることを求めようとしても、日本人には合わない。日本人のメリットを最大限生かしながら、オランダ選手がやっていることをアレンジして取り入れるというのが「正解」なんだと。そのようにして結城先生との対話の中で自己流が積み上げられてきたんだと思います。
高校二年生から一人暮らしを始めたのですが、「全ては自己責任だ」と、父はここでも背中を押してくれました。自分の選んだ道は自己責任。風邪を引くのも自己責任。自分の責任だと思えば、逆にいろんなことに挑戦できるんです。それが自分の世界を広げてくれたと感謝しています。ソチオリンピックを終えて、二年間オランダに行った選択は、自分で決めたことですし、それには自信を持っていました。自分の覚悟には嘘をつかないで来れたかなと思っています。自分で選択したことに責任を持って生活できてきたことが、自信に繋がっていると思います。
スケートが身体の真ん中に入ってくる
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平昌オリンピックの500mは、スケートが身体の真ん中に入ってくる感覚でした。「翻訳」は難しいのですが、自分で足を動かすか、氷から力をもらって足が動かされるかの違いと言えばいいでしょうか。自然に身体が動くと言うのがいいでしょうか。行った先のリンクに自分を合わせるのは鉄則ですし、流れとか「波」にうまく乗れるかが大切になってきます。波に乗れている、身体のリズムがいいというのが、スケートが身体の真ん中に入っているということで、その場合は楽しく滑れますし、自ずとタイムもよくなります。
一方で、平昌を駆け抜けたい、という気持ちは一貫してありました。何か自分が得るものを毎日積み上げていきたいという思いが常日頃からあるので、平昌オリンピックをゴールにしてしまうとたぶんそこで満足してしまうと思ったのです。平昌オリンピックのその日のレースからも収穫を得たいし、その次の日の練習でも収穫を求めたいと思うので、そういう気持ちで駆け抜けていました。500mで金メダルを取った後、実際翌日次の男子の500mを観戦して、そこで得たものを平昌のリンクで実践してみました。今だったらもうちょっと速く滑れるかもしれないという感覚を得ました(笑)。
自分が氷に問いかけて、その分の答えを返してくれる場合もありますが、自分の問いかけ以上に答えてくれる場合があります。そういう時は、何と言えばいいでしょう。気持ちいいというか、スカッとするというか。爽快感と共にゴールを駆け抜ける感じです。これはスタンドで見ている人にはわからないことかもしれません。私自身、できた時にのみ感じられる感覚なのですから。競技者のみに与えられる楽しさということができるかもしれません。そんな「特権」が少しくらいあってもいいですよね(笑)。