選手インタビュー

松岡修造さんインタビュー

松岡修造さん 松岡修造さん テニス 1988年 ソウル,1992年 バルセロナ,1996年 アトランタ

(文:田坂友暁、写真:フォート・キシモト)

テニスというスポーツは、オリンピックに対して少し特別なところがあったと思います。熊谷一彌さんがアントワープ大会で日本初となるメダルを獲得した競技ですが、その後一度オリンピックから離れています。どうしてもグランドスラムという、世界的に大きな大会が年に4回もありましたから。僕が小さいころからテニスをやっているなかで、テニスでオリンピックに出場するというイメージはありませんでした。

そのテニスが、オリンピック競技に復帰したのが、1988年のソウル大会でした。これは僕にとって、とてもラッキーなことだったと思います。このソウル大会から、バルセロナ大会、アトランタ大会と3回出場させてもらいましたが、この頃から日本はもちろん、海外のテニス選手たちのオリンピックに対する考え方に大きな変化が出てきました。今までは“グランドスラムのほうが大事”と言っていた選手たちが、オリンピックに出場することで、グランドスラムだけではなく、オリンピックでも勝ちたいという考え方に変わってきたのです。

なぜそんな変化が起こったのか。いちばんの要因は、オリンピック期間中に、いろいろな競技を直接観て、他競技の選手たちと触れ合うことができたからだと思います。選手村にいる様々な競技の選手たちとたくさん話をする中で、その選手たちのオリンピックに懸ける思いが、僕たちとはあまりにも違いすぎていることに気づくのです。失礼な言い方かもしれませんが、僕たちテニス選手は、たとえオリンピックで負けたとしても、それに匹敵するような大きな大会が年に4回もあります。ですが、多くの選手たちはそうじゃない。4年に一回訪れる、オリンピックこそが最大の大会なんです。そのプレッシャーと戦ったり、人生を懸けて試合に臨んだりする姿を目の当たりにしたとき、このオリンピックというものはとんでもない大会だと実感したんです。

オリンピックは、これ以上ない世界最大のスポーツの祭典というとらえ方に変わっていったからこそ、ロジャー・フェデラー選手をはじめ、多くのテニス選手たちも、どうして もオリンピックで勝ちたい、という考え方に変わっていったと思います。

オリンピックは今の松岡修造につながる何かを“気づかせて”くれた場所

僕自身のオリンピックを振り返ると、僕の実力を客観的に考えても、メダルからは相当かけ離れていたと思います。実際、オリンピックでは一度も勝てていません。だからこそ、僕は、オリンピックという舞台で活躍したい、という思いが誰よりも強かったと思います。

そして、今の松岡修造にいちばん力をくれた、そして何かを気づかせてくれたのも、まさにオリンピックでした。僕が負けて選手村にいると、ほかの競技の選手たちが僕に「応援しに来てほしい」と言ってくれました。僕も、「じゃあ応援に行くよ!」と言って、その競技の選手たちといろいろ話をするわけです。この試合で自分が何を目指しているのかとか、自分が弱くなったときにどんな感じになるのかとか、それぞれ選手が抱えている悩みや不安についても話したりしました。

このときの経験があったからこそ、僕は応援のときに『ここで自分から逃げるな! 攻めていけ!』とか、選手が今いちばんかけてもらいたいと思う言葉を伝えられているんだと思います。

その時はじめて、僕はテニスをする才能より、選手たちを応援する才能のほうがあるということに気づかせてくれたんです。会場全体を巻き込みながら、全員で心をひとつにしていく。そういう応援を、オリンピックという舞台で体験できたことが、今の僕につながっているのだと思います。

だから、本当にたくさん応援に行きましたし、選手時代からすでに応援に生き甲斐を感じながらやっていましたね。

プラスの要素としてオリンピックをとらえれば、日本の素晴らしさは必ず伝わる

松岡修造さん

僕がオリンピックを経験して感じてきたのは、開催国、開催都市の人たちが、自分たちの文化や考え方というものを、海外の人たちに対して、メディアに対して伝えたい、という気持ちがとても強いということです。なぜなら、オリンピックという大会は、競技だけを観に来ているだけではなくて、その国、その都市、そしてそこに住む人たちも観に来ているからです。それがオリンピックだと僕は思っています。特に応援する立場から観たロンドン大会や北京大会でも、その都市の人たちの自信を持った、生き生きとした姿が、いちばん僕の記憶に残っているんです。

だからこそ、東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まってから6年間、僕がずっと言い続けてきたのは、自分にとってのオリンピック・パラリンピック、『自分ピック』にしようということです。
2020年まで、自分自身の目標を持ち、その目標に向かって一所懸命生きている。そういう生き生きとした人の姿は、人の心に焼き付くものだと思います。そうすると、日本は、子どもたちも含めて、住んでいる人たちが輝いている良い国だということが伝わると思うんです。

もちろん、オリンピックに対していろんな意見があることも理解していますが、オリンピックが開催されることは決まっていますし、どうせ開催されるのであれば、オリンピックを自分にとってプラスの要素としてとらえたほうが絶対に良いと思うんです。オリンピックを前向きにとらえる人がいればいるほど、日本の素晴らしさはもちろん、日本の力を世界中に伝えることができる。オリンピックというスポーツの祭典を通して、日本の文化を伝えていける。これほど伝わりやすいものはないと思います。

心をひとつにして、そのパワーを選手たちに届けたい

松岡修造さん

今回、東京2020オリンピック日本代表選手団公式応援団長という大役を担うことになりました。でも僕は、日本代表選手に対して、ただ「メダルをとってくれ」とか「勝ってもらわないと困る!」という思いで応援したことはありません。もちろん勝ってくれたらうれしいですが、それは、勝負事のひとつの結果に過ぎません。僕が選手に伝えられることは「オリンピックの雰囲気に飲まれて自分の力が出せませんでした」というのがいちばん残念だということ。結果も大事ですが、みんな東京2020大会を目指して頑張ってきたわけですから、今まで一所懸命頑張ってきてよかった、自分たちのベストパフォーマンスが出し切れたと、試合が終わったあとに選手が言えることがいちばん大事だと思っています。

応援団長という響きにすごく気が引き締まる思いですが、団長は偉いわけでも何でもありません。団長としていちばん大切な役割は、人と人、選手と観客、日本と海外をつなげていくこと、そして応援する人たちの心を一つにしていくことだと思っています。心と心がひとつに合わさっていくと、人間は大きなパワーを発揮できますし、それが前向きな心であればあるほど、そのパワーはより大きくなっていくと思います。そういう力を生み出す役割を担えたらうれしいですね。そして、オリンピックというスポーツの祭典を通して、その後の人生のヒントになるような何か“気づき”を得てもらえれば最高です。

オリンピックには、人間らしさそのものが凝縮されていると思います。勝ち負けがあり、喜び、挫折、そうした喜怒哀楽を日々感じられる。たった2週間のうちに、選手たちが自分の人生をかけた筋書きのないドラマが、日本の至るところで繰り広げられているんです。そこで僕ができることは、オリンピックという舞台に立つ日本の選手、海外の選手もみんなが全力を尽くせるように、僕たち応援する人たちの心をひとつにして、パワーを送ることだと思っています。

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